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伊 部 岳




背景の画像は、琉球紅型

伊部岳

データ / Data

登山日 : 平成25年3月1日
山 名 : 伊部岳
読 み : いぶだけ
標 高 : 351.8m
地形図 : 楚洲

アクセス / Accses

1.沖縄自動車道、許田ICを出て国道58号線を名護市方向へ。
2.世富慶(よふけ)の交差点を右折し、名護東道路(国道58号線のバイパス)に入る。
3.大宜味村を通過し国頭村へ。JALオクマビーチ前を通り、新与那トンネルを抜けて約300メートル先を折り返すように右折し、県道2号線に入る。
4.あとは道なりで、普久川ダムを過ぎた最初の分岐を左へ。
5.アダ・ガーデンホテル沖縄前を過ぎたら、次の分岐を左へ。左に「闘争の碑」があるところの道路の広くなった場所に駐車した。登山道は、碑から南方向に少し戻る。
5.ナビを利用するときは、アダ・ガーデンホテル沖縄(旧やんばるホテル)、〒905-1203 沖縄県国頭村安田1285-95でセットすると便利。

コース時間 / Course Time

駐車地---(55)--オキナワウラジロガシの巨木---(25)---伊部岳登山口---(30)---伊部岳頂上---(40)---駐車地
端数は5分単位で切り上げ。休憩時間を含む。

記録 / Report

国頭村は、沖縄県北部に位置し、標高300〜500mのなだらかな山々が南北に連なり、脊梁部を分水嶺として太平洋と東シナ海に大小いくつもの河川が流れ込んでいる。海抜は低いが深い谷が刻まれ、地形は変化に富み、これらの山裾には、亜熱帯気候が育んだ特異な生態系を持つとHPに紹介されている。

今回もNEOSの山登りクラブの皆さんと日本一のオキナワウラジロガシを見に行った。この3週間の間に同じメンバーで3回目の山行きとなった。私は、今まで本島の北部は本部町までしか行ったことがなかったので、初めてのやんばる訪問である(やんばるとは=沖縄本島北部の山や森林など自然が多く残っている地域。漢字では「山原」と書く)。

車を止める目印になった石碑には、伊部岳実弾射撃演習阻止「闘争の碑」の文字が刻まれている。この碑は2009年8月に完成したもので、国頭村の村制百周年記念事業として建てられた。詳しくは、このページの下項をご参照。

車でも入れるような広い道を進む。途中、1軒の民家の前を過ぎると、目の前に端正な形の伊部岳全景が開けてくる。さしずめ国頭富士といってよいほどのイイ姿をしている。前夜の雨でぬかるんだ道を行くと分岐があるが、左の道には木の枝などを積んで、入るのを止めてあるので右に行く。そのまま進むと分岐があり、国有林の立て看板と道標が現れる。右に下りるとオキナワウラジロガシへの道。左は伊部岳への道。

まずは、オキナワウラジロガシへの道を行く。入るとすぐ琉球藍の染め物跡があると、同行のTさんが教えてくれた。その後、アップダウンを繰り返し、森の奥へ奥へと入って行く。道は 1本道なので迷うようなところはないが、鬱蒼とした森なので、1人で入るには勇気がいる。鳥の啼き声が聞こえたので、ひょっとしてヤンバルクイナか?と耳を澄ましたが、よく考えてみたら、ヤンバルクイナの啼き声を聞いたことがないので分からない。家に帰ってネット検索で声を聞いたら全く違っていた。

石碑 登山道 伊部岳
「闘争の碑」 こんな道で始まる 伊部岳が姿を現す
右の道へ 右の道へ 登山道
この分岐は右へ オキナワウラジロガシは右へ こんな道を行く
登山道 登山道
中央に炭焼き窯の跡 急登もある 鬱蒼としたやんばるの森


更に進むと、道の中央に広く根を張った巨木が現れる。伊部岳の主、オキナワウラジロガシである。下の画像から、その存在感と木の大きさが実感できるだろう。主幹の途中で分岐した幹から派生した枝が大きく広がり、陽の光を全て遮るように大地を覆っている。300年の永き世に生命をつないできたことに敬意を表して、来た道を戻った。

ウラジロガシ

《ご参考》---オキナワウラジロガシについて---
伊武岳山腹のオキナワウラジロガシの大木は、幹回り7.6m、樹高22m、樹齢は280年〜300年と推定され、全国巨樹・巨木林の会が日本一と認定している。首里城築城の際に築城材として切り出された木の生き残りとの言い伝えもある。平成19年、沖縄の銘木100選に認定された。
沖縄本島の新緑は2月だが、オキナワウラジロガシが最初に芽吹く。また、カシといえば、どんぐりの実をつけるが、日本に自生するどんぐりでは最大級である。大きいものでは高さ4cm、直径4cm程度にも達するものもあるそうだが、残念ながら、昨年の大きな台風でダメージを受け、実をつけなかったという。

分岐まで戻り、次に伊部岳へ。分岐には道標があるので無事、頂上に立つことができた。登山道は急登が多く、赤土混じりの粘土質なので、よく滑る。ところどころにある赤色をした岩は、足を乗せなくてもツルツルで滑りそうだ。2ヶ所ほどロープ場もあり、両手を使う場所もある。頂上に出るまで、展望は全くない。

頂上は小広場になっており、東に安田(あだ)のリーフが見下ろせる。手前にはやんばるの森が広がっている。頂上を示す表示は何もない。頂上から少し進むと北の展望が飛び込んでくる。Tさんは嘉津宇岳から与論島を見つけたが、今回も真っ先に与論を見つけた。こちらの展望地から見えるのは辺戸岬方向と手前に広がるブロッコリーの森。イタジイ(本土ではスダジイともいう)が、上から見るとブロッコリーのように丸く見えることからそう呼ばれる。

帰路は変化にとんだ森の美しさを楽しみながら、ゆっくり下りた。 もちろん、スリップにも気をつけながら・・・。なお、往路で手袋を片方落とした。手袋自体は高価なものではないが、「がんばろう日本」の協賛の品物。ほとんど登山口に近いところに、往きに出会った赤シャツの男性が拾って、琉球竹でピンセットを作って枝に固定していてくれた。、Webを通してお礼申します。

ヤモリ 分岐 竹林
水溜りにイモリが2匹 伊部岳へは道標に従う 琉球竹の道
急登 わな 急登
ロープのある急登 マングースの罠 滑りやすい急登


reef
頂上から安田(あだ)集落のリーフ


頂上 ブロッコリーの森 辺戸岬
伊部岳頂上 頂上北からブロッコリーの森 頂上北から辺戸岬方向

《ご参考》---「闘争の碑」について---
「70年12月22日、米軍は伊部岳での実弾射撃訓練を村に通告。これを受け村議会は即時に抗議決議を採択し、演習阻止を宣言。安田、安波、楚洲の3区では、小中学生も参加した住民ぐるみの阻止行動を展開した。 演習開始予定の31日には当時の山川武夫村長を先頭に、住民や支援団体約600人が、着弾地点に座り込むなどし、重軽傷者を出しながら体を張って阻止行動をした。ついに米軍は演習の中止を発表した。39年前の行動をたたえようと、村は村制100周年事業の一環として闘争碑の建立を計画。背後に伊部岳が望める安田の県道70号沿いに碑を設置。碑は高さ1.5メートルで、台座には碑文と当時の写真が彫刻されている」(琉球新報より)


コース地図へ


この地図は国土地理院の電子国土Webにより作成したもので、コースの赤線はイメージです。

◎お願い
この日記は、登った日、当時の個人的な記録です。ヤマケイのガイドブックのように、必要な情報を網羅してはおりません。リスクは自己責任でお願いします。