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広小路キャンパス

立命館 史資料センターより
現在は府立医大の学舎になっており、旧中川会館のあたりに「立命館学園発祥之地」記念碑が残るだけである。
碑は府立医大さんの学舎内に入らなくても、外から見ることができるので、お近くに立ち寄りの節はご見学を。



立命健児の歌

昭和46年 文学部卒の一OBである。学校を卒業して、早や40数年。私達の年代は「団塊の世代」と呼ばれている。小・中・高校と1クラス55人のすし詰め教室。受験戦争に晒され、大学生活はゲバルトの真っ只中。在学中に特にいいことがあったわけでもないが、定年後、友人も知人もいない沖縄に転居したこともあり、寄る年波と共に、青春時代のノスタルジャアの世界に浸ることも、ままある今日この頃である。

転居の際、家内から「読まない本なら、もう処分してよ」と急かされたので、所有していた本を寄付することにした。大学本部の図書館に「日本史、日本文学の専門書や一般書など1,000冊くらいだが、持っていくから引き取ってくれないか?。専門書のなかには、かなり希少品もあるが…」とメールした。すると「図書館には本が溢れていて置く場所がないので、好意は有難いが引き取れない」と、つれない返事が来た。

地元の図書館に打診したところ、「きれいな本なら引き取るが…」と云われたので書棚の仕分けしているとき、色褪せた わら半紙にガリ版刷りの「校歌」、「寮歌」や「立命健児の歌」などの歌集が出てきた。「立命健児の歌」には "前口上" があったはずだが、そこには印刷されていない。それでは探してみようと、Web検索をしたがヒットしない。「♪〜東加茂川 比叡山…」の歌詞の部分は出てくるが、"前口上" が見つからない。調べても調べても出てこない。私も部分的には覚えているが、何しろ40年以上も前のこと。ひょっとしてYou tubeにと思ったが、残念ながら出ていなかった。確か昔々、この "前口上" を朗々と歌い上げた法学部出身のM君という同期生がいた。歌詞を書き記したものが欲しいとお願いしたところ、快く引き受けてくれた。

そして、この歌が このまま廃れて消滅してしまわないよう、Web上に残しておくことにした。後輩の皆さんには、昭和の時代に、こんな歌を "前口上" 入りで謳歌していたOB達がいたことを語り継いでほしい。また、校友会、OB会などの集まりで当時を懐かしみ、同じ学び舎の "同胞(はらから)" であることを心に刻んで、声高らかに歌ってほしい。

なお、口伝えを記したものなので、部分的に異なっているかもしれないが、そのときはお許しを願いたい。
この歌のために単独でサイトを作れなかったので、立命OBが制作しているホームページ「ハイホーの山日記」の1ページを借りてWeb upした。


立命健児の歌(前口上入り)

ブルジョワの深窓に住める乙女に 恋するが真の恋であって
裏街の陋屋に住める乙女に恋するが 真の恋でないと誰が云えようか(合いの手:そうだ!)
雨降らば雨降るとき 風吹かば風吹くとき
誰を待つやらネオンの巷
"コツ コツ コツ" ああ あれは立命館大学の学生さんではなかろうか
「ねェ兄さん ちょっと寄ってらっしゃいよ」
唇には赤いルージュ 目には青いアイシャドゥ 酒は飲むべし 百薬の長
女を買うのも これまた 人生無常の快楽なり
胡蝶美人の膝枕 宵朝目覚むれば昨夜の未練 さらにさらになし
比叡の銀乱背に受けて 声高らかに歌わんかな 立命健児の歌

eins, zwei, drei.
♪ 東加茂川 比叡山 西は愛宕に桂川
 立命健児は歌います 色は黒いが いい男

♪ 色は黒いが いい男 音に聞こえし加茂川の
京都軟派も噂する あれが噂の立命館

♪ 立命よい処(とこ) 誰云うた 河原町から広小路
粋な書生さんが出入りする 俺も行きたや立命館

♪ ブックバンドにしがみつき 連れて行きゃんせ どこまでも
連れて行くのは安けれど 女の座る席はない

♪ 座る席はないけれど 膝の上なら空いてます
共に許した仲なれば 末川総長も許すだろう

なお、歌の部分は、ご紹介した以外にも異なる歌詞がある。
また、一部に不適切な表現があると思われる方もおられようが、差別的意図は全くなく、作成された時代背景を考慮いただき ご寛容を願いたいと思う。


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