データ

登山日 : 平成23年8月4日

山 名 : 高天良山

読 み : たかでらやま

標 高 : 908m

地形図 : 焼石(下呂)

登山口へのアクセス(名古屋方面から)

・国道41号線を下呂方面へ。

・金山町の「ドライブイン飛山(ひざん)」を左に見る。

・金山トンネルを通り抜け、左にマツオカスーパー、右に学校(下原小学校)を見ると道が大きく左にカーブする。

・右に青色の橋が見える(金山トンネルから約1キロ)ので、右折して橋を渡る(右折車線はあるが、信号は無い)。

・橋を渡ったら、すぐ左折する。福来(ふくらい)集落に入る。300メートルほど走るとJR高山線の踏み切りを渡る。

・あとは1本道の山道を火打峠まで10分ほど走る。道幅は狭く、山道なのでカーブも多い。また、舗装はしてあるが、路面のつぎはぎも多い。左に石碑があるところが火打峠。石碑の周囲が駐車場。7〜8台は置ける。

コース時間

《林道往復》 駐車場---(55)---林道の終点(行き止まりのため、折り返す)---(65)---駐車場

《登山道から林道へ》 駐車場---(45)---植林帯---(40)---頂上---(10)---林道---(55)---駐車場

山行記

「高天良山」。もう何年か前、はじめて、この山名を見たとき、読みがわからなかった。山渓の分県ガイド「岐阜県の山」には出てこないが、「ぎふ百山を登る」には名前があった。山名の由来も書かれていた。山頂に寺があり、明治までは高寺山と呼ばれていたそうだ。昨年の春に登る予定だったが、雪が解けるのを待っているうちに忘れてしまっていた。このところ天候不順の日が続き、毎日、「ところにより雷雨」の予報だったが、この日は安定しているという予報だったので出かけた。



☆この山に登る人へのお知らせ《平成23年8月4日現在》

◎林道が延伸され、林道の終点は行き止まりである。

◎林道から登山道への青色の標識(下の写真)は抜かれている。

◎林道と登山道は分断されており、道標、赤布などの目印はない。

このため、林道経由で山頂に向かうときは、注意が必要。なお、上記の「コース時間」の《林道往復》で、復路の方が時間がかかっているのは、戻るとき、林道から分かれる枝道3箇所を、どこに通じているのか確認しようと歩いたため。



峠の石碑 林道入口

高天良山の頂上へは、登山道からと林道からの2ルートある。はじめは登山道から登ろうとしたが、道は荒れ放題。一人生えの松の枝、ヒノキの幼木、雑草などが登山道を覆い、ススキはすでに人の背丈まで伸びており歩きにくい。その上、葉や草は朝露に濡れ全身ビショ濡れ状態になったのに加え、数メートル歩くとクモの巣に襲われるという最悪の道が続いた。このため、10分ほどでユーターン。林道経由で行くことに変更し、峠に戻った。

赤色の鉄製のゲートの脇からすり抜け、大型車でも通れるような広い道を進む。途中、木製の梯子があったが、腐っていて利用できない。登山道に通じているのか?。

30分も歩くと左に広場があり、大量の丸太が積んである。北の展望が開けている。更に進むと、山肌の伐採跡が右手に開ける。以前の林道終点は、この辺りだと思うが、林道は更に奥へと続いている。標識を発見!。しかし、標識は木に立てかけてあり、どこかから抜いてきたようだ。「三角点 神社跡 登口 約500米」とある。このときは、新しい標識と入れ替えた程度にしか考えなかったが、この先、標識は一切なかった。

1時間後、林道終点に達した。行き止まりだった。断念して駐車場に戻った。その際、分岐の枝道を3箇所行ってみたが、全て行き止まりだった。

火打峠の石碑 林道の入口と鉄製のゲート
林道の梯子 林道
こんなとことに梯子が・・・ 大型車でも通れる広い林道
取り外された標識 林道
標識は抜かれ、違う場所にあった 丸太の積まれた林道

駐車場で昼食後、仕切り直し。2時間ロスしたが、改めて登山道を行く。石仏の横に登山道口の青色の標識(三角点まで3000米)があるが、その登山道は雑草に覆われている。実際の登山口は、左に進んだ石垣が切れたところにある。雑草に足を取られ、木の枝に帽子を持っていかれるが、相変わらずクモの巣は多く、ストックを回転させながら進む。雑草とクモの巣に覆われた道が延々と続き、ウンザリしたころ、右側が切り開きになった。中部森林管理局のスチール標柱が次々に現れるので、道迷いの心配はない。正面に山頂が現れる。先は遠いが、目標が見えることで、頑張れる。

やがて、植林帯に入る。炎天下にさらされていたが、途端に涼しい風を感じる。いきなり柔らかな枝葉が頬をなでる。思わず、枝を手に取ると高野槙だった。今まで登った山の植林は、スギとヒノキだけだったが、なんとヒノキに混じって槙があった。頂上まで続いていた。

《ご参考》 高野槙・・・かつては世界中に広く分布していたが、現在は日本と韓国にだけ残存している。庭園に植栽し、材木としても利用される。世界三大造園木の一つで、木曾五木の一つ。

この辺りからは、尾根を登っていることがはっきり分かる。なだらかな登山道が急登となるが、登りきると、しばらくは、平坦な尾根を行く。

右を見ると、先ほど歩いた林道が見える。切り開きを歩いていたときは、遥か下に見えていた林道が、すぐ間近に見える。しかし、谷を隔てていたり、傾斜が急であったりで、結ばれてはいない。

頂上直下の急登は厳しい。木の根に靴をかけ登るが、靴の置き所が悪いとズリ落ちてしまうほどである。ひたすら我慢すると頂上が現れる。

入口の石仏 登山道
石仏と道標 歩きやすいのは始めだけ
登山道から
左:雑草に覆われた登山道 中:森林管理局の標柱 右:林道を見下ろす
登山道から山頂を見る
登山道から山頂を見る(左が高天良山)、右は880メートル峰
植林帯に入る 高野槙
植林帯に入る 高野槙(コウヤマキ)

尾根道 山頂

いかにも頂上らしい形をしている。円錐形の頂点の尖ったところを、そのまま持ってきたようである。二等三角点の隣に変わった石柱がある。御料局とある。今まで見た記憶がない。調べると、次のことが分かった。

御料局は皇室の所有地を管理する部署で明治18年に設置された。御料林などの境界に設置したものが御料局三角点で上部には×の刻印、正面には御料局三角点の文字が刻まれている。(松戸山の会HPより)

展望は南方向のみ。すぐ隣の三峯山は分かるが、遥かかなたは笠置山か。権現宮跡約1000米の矢印に従い山を下りる。これまた急勾配で、慎重に鞍部に着く。

宮跡への道は真っ直ぐについているが、右手に林道を発見する。午前中に歩いた林道の終点に近いところだ。途中まで沢を下りるが段差があり、行く手を阻まれたので、沢の右側から回り込んで林道に出た。登山道から林道には出ることができるが、道はないので、知っていないと林道から登山道へ入るのは困難だろう。ともあれ、林道に下りてしまったので宮跡へ行くのは中止し、そのまま林道を再び下った。写真を撮るのを忘れていた。

この後、三峯山(三棟山)に行く予定だったが、もう15時になってしまったので断念。帰路、金山の温泉で汗を流した。 

尾根道を登る 円錐の頭のような頂上
三角点 御料局三角点
二等三角点 めずらしい「御料局三角点」
南の展望 旧権現宮への道
展望は南のみ開ける 旧権現宮への指標、右の道を行く


コース地図へ

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