データ / Data

登山日 : 平成21年11月21日
山 名 : 貴船山(上の写真は、貴船神社「相生の杉」)
読 み : きふねやま
標 高 : 710m
地形図 : 大原

アクセス / Access

叡山電車「ニノ瀬駅」を起点

コース / Course

ニノ瀬駅---(5)---夜泣峠との分岐(40)---Y字分岐---(25)---頂上---(20)---滝谷峠---(45)---貴船神社奥宮---(15)---鞍馬寺西門---(各史蹟の見学時間を含め60分)---仁王門---(5)---鞍馬駅

端数は5分、10分単位で切り上げ、休憩時間は含んでいない。


記録 / Report

「そうだッ!京都へ行こう!!」と1週間前に決断した。40年前、学生時代を過ごした街だ。京都で過ごした4年間で登ったのは、滋賀県との境にある比良山系の縦走1回だけで、京都市内の山に登った記憶がない。強いて言えば、合ハイで雲が畑の山の中を歩いたくらいだ。そこで、どの山に登ろうか考えた。岐阜から日帰りで行けそうなのは、大文字山か貴船山しか思いつかない。大文字山は470メートルほど。貴船山は710メートル(私の持っている地図では699.8メートルとある)なので、高い方に登ることにした。大文字山へは、翌年の3月に行った。

岐阜から京都へは高速バスが出ているので、朝の7時00分の始発のバスに乗車。京都駅まで行ってしまうと鞍馬への交通の便が悪いので、名神深草バス停で下車し、京阪藤ノ森駅まで歩き、京阪で出町柳駅へ。そこで叡山電車に乗り換えた。

京阪電車が遅れたので、鞍馬行きに接続時間が1分。エスカレーターを駆け上がり、駅員が制止するのを「乗せて下さ〜い」と扉が閉まるところを滑り込みで乗車したが、身動きが出来ないほどの超満員。久しぶりにすし詰め電車に乗った。ザックを背中に背負っていれば良かったのだが、手に持っていたので、ニノ瀬駅までの30分間、重い思い!をした。

叡山電車を二ノ瀬駅で下車した。下りたのは私を含め4人だけ。他の人は、皆、鞍馬へのハイキングに行く人のようだ。二ノ瀬駅は高台にあり、階段を下りると橋のたもとの十字路に出る。さて、どちらに行こうか?。一緒に下りた三人組は橋を渡って行ってしまった。道標はない。 地図には、そこまで詳しく載っていない。ふと左を見ると100メートルくらい先に写真を撮っている人がいたので、道を聞いてみようと、橋を渡らず、川に沿って左の道を北上する。すると、その人も北に向かって行ってしまった。次の橋まで行くと、その橋の西詰めに夜泣峠への道標があった。道標に従い電車の線路を渡ると富士神社があり、直進すると夜泣峠に行ってしまうので、右の道を北に向かうことにした。


高台にあるニノ瀬駅 踏み切りを渡ったら すぐ右の道へ


もっと人がいるかと思ったが、後にも先にも誰もいない。道幅は2メートル以上あり、車でも十分に通ることができる。ここから滝谷峠まで、一部、ヒノキや雑木もあったが、ほぼ全山、スギの中を行く。枝打ちされた整備の行き届いたスギ林である。したがって、貴船山ではスギばかりなので紅葉は見られない。

事前に調べた資料には、「二ノ瀬ユリ」を歩くとある。なんだか女性の名前みたいだが、二ノ瀬のユルい道という意味だそうだ。

全く余談だが、島根県出雲市に「中野美保」という地名がある。この地名も女性の名前のようだ。他にも愛知県知多市には岡田美里町がある。どちらも名古屋テレビ(メ〜テレ)の「ナニコレ珍百景」(朝日テレビ系列)に出せそうだ。同じく愛知県には武豊(たけとよ)町があるが、「たけゆたか」とも読める。行ったことはないが、青森県つがる市には「大田光」という地名がある。ただし、読みは「おおたっぴ」だったかな?。山とは何の関係もない話で失礼!。

40分ほど歩いたところで、初めての道標を発見。直進は二ノ瀬ユリ経由で滝谷峠とあるので、正しい道を歩いていると一安心。そのまま直進すると、Y字路に出た。地図を確認するも、そんな分岐はない。分岐の中央の岩には右寄りにペンキの赤丸があり、右の道の木に赤テープも巻いてある。しかし、その道は幅1メートルほどの狭い道。左の道はその倍くらい広いが、何の表示もない。表示がないということは、どちらを行っても、どこかで合流するのかな?。

迷った末、右に少し行きかけたが、思いとどまり、左の広い道を行くことにした。左の道を選んだ根拠は何もない。単なるカンである。しかし、正解だった。しばらく歩くと滝谷峠から三千二百メートルの表示ポールがあった。この表示ポールは200メートル置きにあり、滝谷峠の手前4キロ地点から峠まで続いている(ただし、貴船山の山頂付近では見かけなかった)。

道は滝谷峠への道標のあるところから狭い登山道となり、それまでの緩やかな道に比べると、ほんの少しではあるが、傾斜を増し登山道らしくなった。しばらく進むと、左へ下りる狭い道があった。木には赤テープが巻きつけてある。貴船山への分岐だ。事前に調べていたので、見当をつけたが、知らないと通り過ぎるところだった。この先にも、貴船山に通じる道があるかもしれないが、下りることにした。

整備されたスギ林 ニノ瀬ユリ経由で滝谷峠への道を確認
200メートル置きにある表示ポール 左下に下りる貴船山への道

一旦、下るが、すぐ登りとなる。踏み跡をたどって進む。ところどころにはテープもある。最後の登りで、わかりにくい所もあるが、一番高くなったうす暗いところで、先客が食事をしていた。挨拶をして「ここが頂上ですか?」と尋ねると「そうですよ〜」の答。しかし、頂上らしい雰囲気がない。よく見ると切り株の上に手書きで貴船山710mとある。ほかに頂上を表すのは、三角形の石積みしかないので、すごく冷遇されている頂上だった。私も昼食にしたが、陽も差さない場所なので、じっとしていると寒い!。

食事を終えると早々に出発した。先客は東北の道を下りて行ったが、後から来た若い二人組みに、滝谷峠へは来た道を少し戻ると教えられたので、南東の道を下りた。しかし途中で行き止まりとなってしまった。再び頂上に戻って、先客と同じ道を下りた。しばらく歩くと滝谷峠からの距離表示ポールがあった。木々の間から紅葉の鞍馬方面がのぞけるようになる。アップダウンの少ない登山道を北へ北へ。道標と「ハイカーの皆様へ」の掲示板のある滝谷峠で反転し、南東方面に下りる。

貴船山頂上 滝谷峠


この下りの道は未整備の荒れた道で、チェーンソーで切った丸太が散乱していたり、しばらく雨も降っていないのに、道に水が流れていたり、ガレ場みたいな滑りやすい斜面もあり歩きにくい。貴船川に注ぐ支流の源流を下っている感じだ。また、一部、大きな岩を下りたり、カニの横バイをするロープ場も数ヶ所ある。水音が大きくなったところでは、川の水が一気に落ち、滝のようだ。芹生峠(せりょうとうげ)からの道を合わせると舗装道路となり、貴船神社の奥宮に着く。真新しい社殿の前に、神社の境内にはアンマッチなオブジェが展示してある。


滝谷峠からの下山道(振り返って撮影) こんなところが数ヶ所ある
芹生峠からの舗装道と合流 貴船神社奥宮とオブジェ



観光客が行き交う参道を貴船神社まで南下する。樹齢千年の相生杉を右手に見ながら狭い道を進むと、両側には料亭が立ち並んでいる。メニューをのぞくと、一番お値打ちなコース料理が、お一人様7,800円!。今は寒いので使われていないが、夏には川床料理で、よくテレビにも紹介されるところだ。当初の予定は、このまま南下し、貴船口駅まで行くつもりをしていた。しかし時間を見ると、帰りのバスの時間には3時間半以上もあるので、鞍馬山にも寄ってみることにした。

貴船川に架かる橋を左折し、鞍馬寺の西門で、200円の入山料金を支払う。上からどんどん山越えしてきた人々が下りてくる。どの顔もお疲れの様子。登るのは私一人。中年の女性が「ココ、登るの大変ですヨォ〜」と教えてくれた。たしかに急な石組の階段である。今日歩いた貴船山にもこんな急な道はなかった。途中で立ち止まって、ため息をついている人もいる。距離570メートルで高低差150メートルを駆け上がると鞍馬寺奥の院魔王殿に出た。社の奥には磐座(いわくら)があり、日本庭園の源流と言われているそうだ。更に、大杉権現まで登りが続く。

なお、事前に調べたとき、鞍馬寺のある山を総称して鞍馬山というと思っていたが、帰宅してHPを作るため調べたところ、私が歩いたところより、更に標高が高いところがあることを知ったため、山のタイトルは鞍馬とせず鞍馬とした。なお、山頂は諸説あり、どこだかはっきりしてないそうだ。(国土地理院の地図は584メートルとなっているが、他にも569メートル、580メートルなどの説がある)そこに行くには、木の根道と屏風坂の地蔵堂との間にある牛若丸の背比べ石から奥へ山道があるが、立ち入り禁止になっている。

奥の院魔王殿 社の奥に磐座(いわくら) 大杉瞑想道場の一角
鞍馬寺金堂石段下


やっと下りに入る。地蔵堂、冬柏亭、霊宝殿と建物が次々と現れる。鐘楼の手前には、与謝野鉄幹、晶子の歌碑がある。この寺の管主が、晶子の短歌の弟子だったことにより縁があったという。本殿金堂まで下りてくると紅葉の木々が目の前に広がった。ここから由岐(ゆき)神社あたりまでの曲がりくねった下り坂が紅葉のみどころだった。背比べ石から仁王門までの標高差235メートルを下り、叡山電車鞍馬駅にたどり着くと大天狗のお面が出迎えてくれた。

由岐(ゆき)神社 鞍馬駅の象徴・大天狗のオブジェ


帰りの電車も改札前でホームに入るのに15分の順番待ち、2両目は団体さんが乗っていったので先頭車両に乗り込んだが、こちらも超満員で、終点の出町柳まで身動きも取れなかった。往路に学習したので、帰路はザックは背負っていた。電車を降り時計を見ると、帰りの時間まで、まだ2時間もあったので、ここから鴨川を下り、河原町広小路から梨ノ木神社、御苑、御池、新京極など四条河原町まで、あちこち歩き回り、四条烏丸から地下鉄で京都駅まで戻った。鴨川公園からは、一部、雲で隠れていたが、ほぼ半円形の虹を久しぶりに見た。

なお、叡山電車のモミジのトンネルは、二ノ瀬駅と市原駅との間、250メートルの区間で、夜間は徐行運転とライトアップされるとポスターに出ていた。

山とは関係ないが、今回の京都でサプライズが二つあった。ひとつは、出町柳の名曲喫茶「柳月堂」が今でも営業していたことである。学生時代、クラシック音楽を聴きに通った店だ。あれから40年。よくまぁ、続けてこられたことだ。感心!感嘆!感動!感銘!。今回は山から下りてきたばかりの汗臭い身なりだったので、入店するのをためらったが、次回、訪れる機会があったら、ジックリと腰を落ち着けたいと思う。

もうひとつは、学生時代にクラブで使用していたテニスコートが、残っていたことである。現在、テニスコートはオムニコートが主流だが、懐かしいクレーコートのままで、鴨川公園となっているところに1面だけ残っていた。


写真では雲で切れているが、半円形の虹だった
42年前、汗を流した思い出のコート
叡山電車のモミジのトンネル
(もみじ灯篭実行委員会提供)

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また、この日記は、平成21年11月当時の個人的な記録です。ヤマケイのガイドブックのように、必要な情報を網羅してはおりません。リスクは自己責任でお願いします。